○中京テレビ開局35周年記念特別番組
 世界一周「食材の旅」トマトの不思議大紀行

2005年1月23日(日)午後3:00〜4:25放送
 <制作:中京テレビ>

 飽食の時代、最も注目を集めるのが“食材”そのもの。俳優・陣内孝則、オペラ歌手・森公美子、女優・市毛良枝が、世界中で愛されている野菜の王様「トマト」の謎を笑いあり、思わぬ発見ありで探ります。食材の不思議に迫る旅人たちの珍道中をどうぞご覧下さい。




トマトの故郷へ出発 〜ペルー/市毛良枝〜
 日本から飛行機で30数時間。南アメリカ大陸の太平洋岸、南北約8000kmに及ぶ世界一長大な山脈、アンデス山脈。トマトの故郷は、アンデス文明の舞台になった高原地帯と言われている。かつてのインカ帝国の中心地、ペルー。その首都・リマに降り立ったのは女優の市毛良枝。ペルーには、今われわれが食べているトマトの原点、野生種のトマトが現在も自生しているという。それは一体どんなトマトなのか。市毛は、標高2000m以上の山岳地帯を目指す。サボテンしか生えないような荒地に、有史以前からトマトの野生種は存在した。その実はとても小さく、完熟しても赤くならない。しかし、匂いは通常のトマトの100倍くらいに強力で、品種改良に役立つものであった。人の背丈以上もある伸び伸びと育った草丈を見て、市毛はその力強さと生命力を感じる。7種類もあるというトマトの野生種のトマト。しかし、この地では雑草としか見られておらず、せいぜい家畜の餌とされ、人間の食用ではない。この小さな果実がどうやって世界一愛される野菜になったのか。その謎を解き明かすべく、市毛はメキシコへと向かう。

トマトの育ての親・メキシコへ 〜メキシコ/市毛良枝〜
 アンデスが原産のトマトが、どうやって世界中に広まったのか。その第一歩はメキシコであった。トマトが海を渡った理由のひとつに、鳥や獣など動物が運んだという説があげられる。メキシコで品種改良され、今のように赤く大きな実へと変化していったトマト。メキシコではどのようにトマトが食べられるのか。それがメキシコを代表する味、サルサソース。朝・昼・晩3食欠かさず摂るという国民食であるサルサソースを味わおうと、市毛はメキシコを代表するレストラン(厨房の広さは100坪、料理人は100人)を訪れる。その種類は豊富で、なかにはチョコレートと混ぜたサルサ(=モーレソース)までも存在した。「メキシコ人がトマトの美味しさに気づかなかったら、私達はトマトを口にすることができなかったかもしれない。」と感慨深げな市毛。さらに驚くべきことに、メキシコではなんと9000年前からトマトを食べていたという学説も唱えられている。トマトをサルサにした古代メキシコ人の知恵に脱帽し、トマトの歴史を探る旅は、スペインへと移動する。


トマト不思議を紐解く旅へ 〜スペイン/陣内孝則〜
 大航海時代、トマトは新大陸メキシコからヨーロッパ大陸へと渡る。黄金を求めて新大陸へと船出したコロンブスやコルテスたちは、金や銀のほかに多くの植物もスペインに持ち帰ったのだった。

不思議物語(1) その昔、トマトは毒草だった!?
 メキシコでは食用として愛されていたトマト。しかし、スペインをはじめヨーロッパでは食べ物として扱われていなかった。それは、トマトがマンドラゴラという、古くから魔術的な植物と忌み嫌われてきた植物と似ていたから。今でもマンドラゴラはその毒性のため、一般栽培は禁じられている。

不思議物語(2) トマトは貴族の観賞用植物だった!?
 食用は禁じられたトマトだったが、その赤い実の愛らしさが故に、トマトは国王に献上され、王侯貴族の庭園などで栽培されたといわれている。

不思議物語(3) トマトを最初に食べたのは庭師だった!?
 この頃のスペインは、一般大衆は飢餓に苦しんでいた。そんななか、最初にトマトを食べたのは貴族の庭園でトマトの世話をしていた庭師だったといわれている。今まで怖れられていたトマト。しかし、空腹に耐えられない庭師が勇気を出して一口食べてみると毒草ではないことが判明。さらに、調理すると尚一層美味しさを増すことに気づき、こうして、毒草扱いされていたトマトは野菜として食卓に上るようになったのだった。


スペインの奇祭『トマト祭り』に参加 〜スペイン/陣内孝則〜
 つづいて陣内が訪れたのは、バレンシアにある巨大な倉庫。ここにはなんと100tものトマトが詰め込まれていた。これは、いまや世界的に有名なトマト祭り用のトマトであった。人口1万人の小さな街・ブニョールがトマト祭りの舞台。1時間で100tのトマトを投げ合うトマト祭りに陣内も参加し、その盛り上がりを自ら体感する。



トマトの国 イタリアへ 〜イタリア/陣内孝則、森公美子〜
 スペインで食用となったトマトが野菜として花開いたのは、イタリアのナポリだった。イタリア初訪問の陣内は、イタリア通の森とともに、トマト事情を探る旅に出かける。
 「ナポリに来たからには、本物のスパゲッティナポリタンが食べたい。」という陣内の希望で、現地のレストランを訪れた2人。注文したのは、スパゲッティ・アル・ポモドーロ。ポモドーロとは、イタリア語でトマトのことを指し、本場のナポリタンは、スパゲッティをトマトソースと和え、バジルの葉をのせたシンプルな料理だった。今では世界中の人々に愛されているトマトのパスタ。実は、このトマトとパスタの結婚こそ、トマト史上最大の出来事だったのだ。

イタリアのトマト料理誕生秘話
 イタリアに初めてトマトが上陸したのは、16世紀半ばのナポリ。当時のナポリは、スペイン王国の支配下にあり、ナポリ王国と呼ばれる豊かな都市であった。そのナポリにひとりの天才料理人が誕生した。料理人の名は、ビンセント・コラード。彼が書いたトマト料理のレシピは、旧ナポリ宮殿の中にある国立図書館に保存されており、これまでにない手の込んだ様々な料理が紹介されている。コラードのレシピにより、料理の食材として開花したトマト。そして、トマト史上最大の出来事がパスタとの結婚。ナポリを含む南イタリアはトマトの一大産地であるとともに、パスタ作りに欠かせないデュラム小麦の一大産地。ソースとなったトマトがパスタと結婚したのは自然のなりゆきともいえる。このふたつの出会いにより瞬く間にイタリア中に広まったトマト。イタリアでは、家族総出で1年分のトマトソースを作るのが夏の年中行事となっており、陣内と森も、ナポリ近郊の家庭にお邪魔してトマトソース作りに挑戦、さらにナポリ風ピザ作りも体験する。

トマトの料理以外の利用法
 イタリアでは、トマトは料理以外にも様々な利用法で役立っている。2人は、トマトと密接に関わってきたナポリ人ならではのトマトの利用法、知恵を伝授してもらう。
(1)トマトは肌に塗ると肌がツヤツヤに。イタリアのモデルはトマトパックで肌を磨いていると聞き、2人もトマトを顔に塗ってみる。
(2)トマトの葉は、虫除けの効果がある。各家には、庭に天日で干したトマトの葉を粉末にしたものが置かれており、庭や植木鉢に撒くと害虫も花木につかない。
(3)日焼け止め、火傷の塗り薬、虫刺されの薬として。また、アルミ鍋の黒ずみ落とし、真鍮の家具の手入れなどにも利用されている。

そのほかイタリアでは、トマトの缶詰工場への潜入、ドライトマト作り体験、イタリア人気No.1のトマトとの出会いなどを通じ、食卓を赤く染めたトマトの奥深さを知る。