ピーテル・ブリューゲル2世 《聖霊降臨祭の花嫁》(部分) 1616年以降 Anhaltische Gemäldegalerie Dessau

Highlightsみどころ

画家一族 150年の系譜

16世紀のフランドル(現在のベルギーにほぼ相当する地域)を代表する画家、ピーテル・ブリューゲル1世。
その画家としての才能は、息子のピーテル・ブリューゲル2世、ヤン・ブリューゲル1世、さらに孫、ひ孫の代まで受け継がれ、ブリューゲル一族はおよそ150年に渡り、優れた画家を輩出し続けました。

作品

貴重なプライベート・コレクション、
そのほとんどが日本初公開

ブリューゲル一族の画家たちが生み出したおよそ100点を展示。その多くが、通常観ることのできない貴重なプライベート・コレクションに収められています。そのため、出展される作品のほとんどが日本初公開となります。

第1章 宗教と道徳

ブリューゲル一族の祖であるピーテル・ブリューゲル1世は1559年頃から没する1569年の間に多くの作品を生み出しています。この時代は、カトリックとプロテスタントの宗教対立をはらんだ困難な時代でもありました。ピーテル1世はヒエロニムス・ボスの様式を取り入れた絵画や版画で人気を博し、「第二のボス」と呼ばれました。しかし、ボス作品がキリスト教的な善悪の価値観を明確に示すのに対し、ピーテル1世はそういった善悪の判断から一歩引いて、より冷静で中庸な目で現実の人々を見つめています。彼のその「観察眼」は2人の息子へ、そして子孫たちへと受け継がれ、150年に及ぶ類まれな芸術伝統を確立していくのです。

作品
ピーテル・ブリューゲル1世(下絵)、
ピーテル・ファン・デル・ヘイデン(彫版)
《最後の審判》
1558年 Private Collection
作品
マールテン・ファン・ファルケンボルフ、
ヘンドリク・ファン・クレーフェ
《バベルの塔》
1580年頃 Private Collection,France

第2章 自然へのまなざし

イタリアではルネサンスの巨匠たちが人体や人間の美徳を作品に表現しましたが、ネーデルラントでは宗教改革の影響も受け、徐々に自然の偉大さへと関心が移っていきました。そして、16世紀のアントウェルペンでは風景画を専門とする画家たちが現れます。彼らは極度に高い視点から想像上の山々を描き、大自然の雄大さと恐ろしさ、それに対する人間の小ささや無力さを表しました。イタリア旅行に出かけたピーテル1世が心を奪われたのも、人間中心のイタリア美術よりもアルプスの力強い山岳風景でした。そうした関心は、とりわけ次男のヤン1世が受け継いで発展させ、彼とその子孫たちによって多くの傑作が生み出されていきます。

作品
ヤン・ブリューゲル1世 《水浴をする人たちのいる川の風景》
1595-1600年頃 Private Collection,Switzerland

第3章 冬の風景

ピーテル2世は、弟のヤン1世と異なり、父の作品の忠実な模倣作(コピー)を制作し、父の様式を広く世に広めるのに貢献しました。実際、ピーテル1世の名声は、ある面において、息子たちの模倣作(コピー)によるところが大きいことも事実です。この時代に成功を収めた冬の風景画というジャンルを世に広めたのもピーテル2世でした。そこでは、雪に覆われた木々や家々の屋根といった情景や、憂鬱な空気感、ゆったりした人物の動きなどが、冷たい色合いと柔らかな光によって生き生きと表されています。

作品
ピーテル・ブリューゲル2世 《鳥罠》
1601年 Private Collection,Luxembourg

第4章 旅の風景と物語

16世紀前半までにヨーロッパ経済の新たな中心地となり、貿易や旅行の要衝となったアントウェルペンには、芸術家を含め多くの人々が流入してきました。そうして集った才能ある芸術家による素描の多くが版画の下絵として利用され、広くヨーロッパ中に流通していくことになります。 一方、文化の中心地イタリアは依然として重要な土地でした。ヤン2世は祖父ピーテル1世や父ヤン1世と同じくイタリアへ赴きますが、父の死によって帰国を余儀なくされます。帰国後、父の遺した工房と未完成作品を引き継いだヤン2世は、父の友人である画家たちにも助けられ、画家としての第一歩を踏み出すことになります。

作品
ピーテル・ブリューゲル1世(下絵)、フランス・ハイス(彫版) 《イカロスの墜落の状景を伴う3本マストの武装帆船》
1561-1562年頃 Private Collection

第5章 寓話と神話

ヤン・ブリューゲル2世は寓意画や神話画を得意とする画家でした。寓意画は抽象的な概念を視覚的に理解するための効果的な方法とみなされ、愛や平和、豊穣といった概念の擬人像が描かれます。また、非日常性や異国性を付与するために、オウムやトラ、ライオンといった当時ほとんど目にする機会のなかった動物を描き加えることもありました。 こうした作品には古代ギリシア哲学や、それに影響を受けたイタリア・ルネサンスの思想が反映されています。しかし、ヤン2世をはじめとしたブリューゲル一族による作品では、イタリア的な思想以上に、注意深い自然観察と、精緻な細部描写というネーデルラント地方の伝統を見てとることが出来ます。

作品
ヤン・ブリューゲル2世 《地上の楽園》
1620-1625年頃 Private Collection
作品
ヤン・ブリューゲル2世 《嗅覚の寓意》
1645-1650年頃 Private Collection
作品
ヤン・ブリューゲル2世 《聴覚の寓意》
1645-1650年頃 Private Collection
作品
ペーテル・パウル・ルーベンスと工房、フランス・スナイデルス 《豊穣の角をもつ三人のニンフ》
制作年不詳 Private Collection

第6章 静物画の隆盛

寓意画と同様に、静物画もヴァニタス(虚栄)という概念を表しており、どんな美しさもいずれ朽ち果ててしまうという道徳的なメッセージとして受け取られました。17世紀中頃のオランダにおける花の静物画の流行は、異国からもたらされた新種への関心や、史上最初の経済バブルとも言われるチューリップ投機に支えられていました。また、カトリック教会による対抗宗教改革運動にとっても花の絵は重要な役割を果たしています。 一方、フランドルの静物画は、貴族のコレクションと結びついて発展していきました。「自然物」、「人工物」、「異国の品」というコレクターによる収集品の区分に対応した、希少さ、貴重さ、異国性が画家にとっても重要なモチーフとなりました。

作品
ヤン・ブリューゲル1世、ヤン・ブリューゲル2世 《机上の花瓶に入ったチューリップと薔薇》
1615-1620年頃 Private Collection
作品
アブラハム・ブリューゲル 《果物の静物がある風景》
1670年 Private Collection
作品
ヤン・ファン・ケッセル1世 《蝶、カブトムシ、コウモリの習作》
1659年 Private Collection, USA

第7章 農民たちの踊り

ブリューゲル一族の画家たちは、農村の日常風景をしばしば描いています。そこには日々の労働によって腰の曲がった農夫や、物乞い、酔っ払いなどが描かれ、彼らの日常の姿を垣間見せています。しかし、そうした日常を描いた作品だけでなく、祭りや婚礼の祝宴など、非日常的な場面で喜びを爆発させる農民たちの姿もまた、一族の主題となりました。 ピーテル2世は、父と同様に、ときに農村へ出向いて、彼らの身振りや態度などをつぶさに観察しました。婚礼やダンスにおける農民たちの習慣や態度は、人間の本質を表すものとして、そのメタファー(比喩)となっているのです。

作品
ピーテル・ブリューゲル2世 《聖霊降臨祭の花嫁》
1616年以降 Anhaltische Gemäldegalerie Dessau
作品
マールテン・ファン・クレーフェ 《農民の婚礼(6点連作)》
1558-1560年頃 Private Collection
作品
ピーテル・ブリューゲル2世 《野外での婚礼の踊り》
1610年頃 Private Collection