いつだって猫展

みどころ

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    • 江戸時代後期には歌舞伎や合巻本の復讐譚に欠かせない素材として化け猫たちが登場し、大活躍しました。特に文政10年(1827)、歌舞伎芝居「独道中五十三駅」で三代目尾上菊五郎が化け猫の精を演じて大評判となり、以後、化け猫物は繰り返し上演される人気演目となりました。

      このとき、四代目鶴屋南北によって創作された化け猫像―十二単を着た老婆が夜な夜な行灯の油をなめるーは第1章でみてきたように、江戸時代の人々が猫から連想するイメージ、女三宮や踊る猫、老婆に取り憑く猫―が集約されたものといえるでしょう。

      本章では、こうした化け猫ブームのなかで、つくりあげられてきた猫の姿をご紹介します。

歌川国芳「日本駄右エ門猫之古事」 弘化4年(1847) 個人蔵

弘化4年(1847)7月市村座上演の「尾上梅寿一代噺」に取材した役者絵。 中央の老婆が三代目尾上菊五郎。破れた御簾の向こうから正面を見据える大きな猫の顔が大迫力!

歌川国芳「荷宝蔵壁のむだ書」 嘉永元年(1848)頃 個人蔵

役者似顔絵を壁の落書き風に描いた浮世絵。
そのなかに手ぬぐいをかぶって踊る化け猫も登場している。
「大でき 大でき」は大評判の演目でしたよ、の意味。