いつだって猫展

みどころ

  • 章の詳しい説明はこちら

    • 天保12、13年(1841,42)頃、江戸に大きな「猫ブーム」が到来しました。愛猫家でもある歌川国芳が次々と猫を題材とした浮世絵を発表したのです。その評判は当時の合巻でも「今世の中の流行」として紹介されています。彼の描いた作品をよく見ると、猫の顔が歌舞伎役者の似顔絵になっている一方、猫たちが擬人化されたものがあります。人が猫に化けたのか、はたまた猫が人に化けたのか。

      第1章で紹介したように、猫は人の暮らしと密接につながり、私たちの観察対象となることもしばしばです。また表情が豊かであるからこそ、私たちは彼らに人格を見いだしてしまうのかもしれません。

      本章ではまず天保の猫ブームを生み出した背景として、歌舞伎役者である二代目市川九蔵が猫の顔を描いた団扇を持って踊った歌舞伎芝居や、猫を主人公とした合巻を紹介します。さらに天保の猫ブームのなか生み出された浮世絵と、このブームの立役者である浮世絵師歌川国芳をご紹介いたします。

歌川国芳「二代目市川九蔵のあわしま庄太夫」 天保12年(1841) 個人蔵

天保12年(1841)8月市村座で上演された「種花蝶蝶色成秋」の五幕目浄瑠璃「乱朝恋山崎」に取材。このとき猫の顔が描かれた団扇絵を使って恋占いをし、こっけいに踊る演出で評判をとったとみられる。

歌川国芳「猫の百面相(荒獅子男之助)」 天保12年(1841)頃 個人蔵

鏡に映った猫の顔は、いずれも歌舞伎役者の似顔絵。『紅葉錦伊達傘』に示された作品そのものではないが、国芳の「百面相」人気を証する作品。

歌川国芳「流行猫の曲鞠」 天保12年(1841) 個人蔵

浅草奥山で菊川国丸が曲鞠の興業を行って評判をとった。
その姿を国芳が猫を擬人化させて描いたもの。

歌川国芳「絵鏡台合かゝ身(猫)」 天保13年(1842年) 個人蔵

猫の組み体操?いやいや、実はこれ、影絵になっている。向かって右から「獅子頭」「ミミズク」「般若面(はんにゃあめん)」のシルエット。切り抜いて団扇に貼り込み、答えになる絵とともに表裏で楽しむ仕掛けとなっている。

歌川国芳「猫の当字 かつを」 天保14年(1843) 個人蔵

猫と鰹で「かつを」を形作るユーモラスで、猫のかわいさ満点の作品。落款の周りも猫の首紐で囲まれる。他に「たこ」、「なまづ」が出品予定。

歌川国芳「其まゝ地口 猫飼好五十三疋 上中下」 嘉永元年(1848)頃 個人蔵 

東海道の宿場名を猫を題材とした地口(だじゃれ)で表した楽しい作品。
「日本橋」→「二本だし」、「四日市」→「よったぶち」など。

歌川国芳「たとゑ尽の内」 嘉永5年(1852) 

猫に関する「例え」を絵で表す。左上は「猫も食わない」。
まずいものを表す例えだが、この絵では美味しそうなお菓子が見えている。

歌川国芳「国芳もやう 正札附現金男 野晒悟助」 弘化2年(1845)頃 個人蔵

野晒悟助は読本の登場人物で強きをくじき弱きを助けるヒーロー。
どくろ模様の着物がトレードマークだが、この作品では国芳ならではのアイデアが光る!

歌川芳藤「五拾三次之内猫之怪」 弘化4年(1847)個人蔵

9匹の猫が集まって巨大化け猫を形作る。舌は首紐、目は鈴。
怖いやらかわいいやら。