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車いすYouTuber、父になる。 「健康に生まれて…」揺れる親心

報道局
愛知 特集 2020/06/29 14:25

 障がい者のイメージを変えたい――。歩み続ける“車いすYouTuber”が、父親になるとき。

 こみ上げてきたのは、新たな感情と、ある決意でした。

 

 車いすYouTuberとして活動する、寺田ユースケさん。幼い頃に脳性まひと診断され、足を思うように動かすことができません。

 ユースケさんは、ボルダリングやパラグライダーなど障がいをものともしない企画に挑戦し、障がい者のイメージを変えようと活動しています。


 
 今では身体の一部として、車いすと生活するユースケさん。しかし、かつては周囲の目線が気になり、車いすに乗ることに抵抗を感じていました。

 小学生の頃は、友達の助けを借りながら野球に熱中していたというユースケさん。野球に打ち込んだのも“障がいを隠したい”という思いからでした。

「歩き方が変だったので、人に変な目で見られるのがすごく嫌だったんです。野球で同じユニホームを着ていれば、汗をかいても泥だらけになっていても自然だったから」(ユースケさん)

 “健常者に近づきたい”と意識するほど、障がいを隠す生き方を選んでいたといいます。

 

 高校卒業前には、初めて足を手術。しかし効果は一時的で、車いすを勧められました。

「当時は嫌でしたね。車いすに乗ってしまうと、障がい者と思われるのかなって」(ユースケさん)

 

 しかし、実際に車いすに乗ってみると、思いもしなかった世界が広がっていました。

「いざ乗ってみると本当に、いろんな所にも行けるようになって、人生が超ポジティブになって。そこから僕のスーパーポジティブ人生が始まった」(ユースケさん)

 

 車いすによって、人生の幅を広げたユースケさん。大学卒業後の経歴は、まさに異色そのものでした。お笑い芸人としてステージに立ったかと思えば、歌舞伎町のホストクラブで働いたことも。

 その後は、3年間かけてヒッチハイクで全国をまわる旅にも挑戦しました。

 そこでサポート役を務めていた妻の真弓さんと、2年前に結婚。以降、2人でYouTubeを通じた活動を続けています。YouTubeだけでは不安定な家計を、真弓さんは在宅の仕事を通して支えます。

 

 動画では、障がい者同士で“身内ネタ”として笑っていた内容を発信。

 自身の“ありのまま”の姿や思いを発信することで、障がい者のイメージをがらりと変える。そう信じて、これまで300本以上の動画を発信しています。

 

 

 去年12月。真弓さんのお腹に新たな命が宿りました。そのとき、夫婦には初めて芽生えた感情があったといいます。

「みんなが思う以上に、障がい者で生まれてくるかもしれない、と思っているかも」(真弓さん)

「それは分かる。俺がまず障がい者で生まれてるわけだし。やっぱり健康に生まれてきてほしいね――というと、自分の人生を否定しちゃっているように聞こえて、すごい嫌なの。健康に生まれてきてほしいと言うのが」(ユースケさん)

「でも健康は健康?」(真弓さん)

「健康なのかな俺。健康なのか一応。健康に生まれてきて欲しいって誰もが言うじゃん。それをね、俺が言っちゃうというのは、もどかしさはある。でもやっぱり、自分の人生これまで考えると、めちゃめちゃ充実してるし、超楽しいし、真弓とも出会えたし最高だけど、あわよくば、できるならば障がいはない方がいいかなと思う。持って生まれてきてもいいんだよ。持って生まれて来ても、俺らみたいにしっかり人生を歩めるからいいんだけど、苦労が多いから。なるべく苦労はさせたくない。息子には」(ユースケさん)

 

 ユースケさんは、生まれてくる子どもの将来とかつての自分を重ねていました。

 “障がい者という枠にはめられたくない”と、人目を気にして生きてきた過去。

 そして今も、社会で生きづらさを感じる以上、「障がいがあっても大丈夫」とは言えない――複雑な心境と向き合っていました。

 

 

 今年4月。新たな命が、誕生しました。

「おめでとう。かわいい。元気な男の子ですね」(助産師)
「おめでとう。生まれてくれてありがとう」(ユースケさん)

 生まれてきてくれた――。ユースケさんの目からは、涙があふれ出します。

 名前は、深旅(みたび)くん。夫婦になるきっかけとなった、旅が由来です。

 

 

 父親になった今だからこそ、ユースケさんは両親に聞いてみたいことがありました。

 自分に障がいがあるとわかった時、どんな気持ちだったのか。

「体が悪い子が生まれるというのは想像もしていなかったから。みんなのことを、みんながおもんぱかって、言葉にならない。そのことについて話そうとか、将来のことについて話そうなんて、そんなのタブー。だから全部、お母さんはある意味、背負った。パパが精神的に君は悪くないし、一緒にやっていくしかない、という気持ちでいなかったら、すぐ崩壊していたよね、家族は」(ユースケさんの母・恭子さん)

 

 両親はリハビリの情報をかき集め、息子の障がいも受け入れていたつもりでした。

 しかし、心の奥底には苦しみが残り続けていました。

「ユースケの妹がおなかの中に入ったときに、お医者さんに『私はもう1回障がいのある子を産みたくありません』って言ったんです。もしまた障がいがあったらと思うだけで震えちゃう。重くて暗い、底なし沼みたいなものを、障がい児を産んだお母さんっていうのは、みんな持っているの。その沼が光が差したり、どん底だったり、そういう繰り返しなの。」(ユースケさんの母・恭子さん)

「パパになってこの話を聞くと、改めてずしっとくるよね。もし(息子に)障がいがあって生まれたとしても全然大丈夫。なぜなら英才教育で育ててもらっているから、しっかり育てられる。うまく育てられるか分からないけど。両親にしっかりやってもらった30年があるから。とにかくがんばれるメンタルではいると思う」(ユースケさん)

 

 

 父親として、息子のために何ができるのか。

 新たに始めたのは、障がいのある体をトレーニングする動画づくり。

 装着型のロボットを使い、脳神経や筋肉の機能の改善を促します。

 決して楽ではないトレーニングを続ける理由。それは、障がいがあっても子育てができる姿を発信するためです。

「赤ちゃんを、いま、お風呂に入れるの禁止と言われている。僕が持つと危ないから。悔しいじゃないですか。子ども抱かせてもらえない現状なので覆します」(ユースケさん)

 

 徐々に現れはじめたトレーニングの効果をYouTubeで報告。

 それは親子の成長記録でもあります。

「生まれつき障がいのあるパパが、どうやって子育てしていくんだろうというのは、きっと健常者の子育てのヒントになることもいっぱいあると思う。(子育てを)がんばるきっかけになってくれたらいいなと」(ユースケさん)

 父親として、新たなスタートを切った“車いすYouTuber”ユースケさん。息子と歩む長い旅路を、これからも発信し続けていきます。
 

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