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【戦後75年特集】「お父さんに会いたい」 史上最悪の戦い“インパール作戦”で逝った父の遺骨は現地に眠ったまま…伝え継ぐ「戦争の記憶」

報道局

 この夏を特別な想いで迎えた女性がいます。北仲淑恵さん(75)。北仲さんは、生まれる前に父親が戦死したため、父親に会ったことがありません。

 どこか寂しげな表情をした父の写真を見つめ、「無念だったと思います」と語る北仲さん。残された写真に寄せる、父への想いとは。

 

 北仲さんが手を合わせるのは父のお墓。ただ、ここに父の遺骨はありません。

 北仲さんは、生まれる前に父親が戦死したため、父親に会ったことがありません。

「(時間がたっても)戦死した人の悲しみは、ずっと続くってことですよね。父親が無念だったと思います」(北仲さん)

 

 戦死したお父さんへの想いをつなぐのは、残された多くの写真。

「これは一番大切な写真として写したんやろうね。やっぱり、寂しそうなね。覚悟をした顔やのぉ」(北仲さん)

 北仲さんの父、上ヱ地増一さん(享年28)。明るい性格で、人を笑わせることが大好きな人だったといいます。

 軍に召集されたのは、北仲さんが生まれる4か月前。わが子を見ぬまま戦死しました。

 

 父の命を奪った戦い。それは、インパール作戦。

 太平洋戦争末期、現在のミャンマーにあたるビルマを制圧していた日本軍が、連合軍の拠点だったインド北東部のインパールやコヒマの攻略を目指していました。

 しかし、物資を補給できず、作戦は失敗。戦闘に加え、多くの人が飢えや病気で亡くなりました。その数は3万人ともいわれています。


 そして、北仲さんのお父さんをはじめ、多くの人の遺骨が現地に残されたままとなったのです。

 インパール作戦は“史上最悪の作戦”とも呼ばれています。

「本当に無駄死にって言ってもいいくらいやな。本当に死ななくてもいい人が大勢亡くなって。もう二度と、こんなことはあってはならん事だなって思って。本当に思うね」(北仲さん)

 

 いまもミャンマーに眠る日本兵のために、毎月、現地で供養が行われています。

 しかし、今年は新型コロナウイルスの影響で、供養もオンラインに。

 北仲さんも画面越しに、ミャンマーの戦没者の慰霊碑に手を合わせます。

 現地では、ミャンマーの僧侶がお経をあげていました。

「これがお参りとして正解かどうかと言われると難しい。でも、今できる最大限じゃないかなと思います。(戦地で)命を失った方々が少しでも浮かばれるんじゃないかな」(法輪庵 鬼頭宝徳さん)

 

 あの戦争から75年。いまだ遠い異国の地に眠るお父さん。

「見つけてあげられるのであれば、見つけてあげたいと思うよね。私が生きている間に何か進展があればね、うれしいと思うけどね」(北仲さん)

 残された多くの資料から、お父さんの眠る場所が少しずつ分かってきています。

 その事実は、北仲さんにある思いを抱かせました。

「やっぱり、そこの土地に足を入れたいと思う。『お父さん来たよ』っていう。『大変やったね、つらかったね』って。『でも私は来たんやで』って言ってね。『来れたんやで』って」(北仲さん)

 いまだ会ったことのないお父さん。戦後75年経った今でも、北仲さんの戦争は終わっていません。

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