「親なき後問題」 障がいのある子どもが親の死後も環境を大きく変えずに過ごせるよう「エンディングノート」で準備 岐阜市の福祉施設で開始
岐阜市内の福祉施設で今年からはじめた「エンディングノートプロジェクト」。その中身は、ちょっと特別な作りになっていました。
エンディングノートとは文字どおり、自分の人生の終末について記したノートです。
岐阜市に住む大野秀子さん(71)。エンディングノートに記したのは、自分のことではなく息子に託した思いでした。
息子の裕輝さん(40)には、重い知的障がいと身体障がいがあります。言葉が話せないため、自分の思いを伝えることが苦手で、じっと我慢をしてしまいます。
「言葉も話せない分、やっぱりこちらから(エンディングノートで)お知らせしとかなきゃいけない。読む方にわかりやすく、誰が読んでもわかるように、それに気をつけて(エンディングノートを)書きました」(大野秀子さん)
障がいのある息子が、自分の死後も環境を大きく変えずに過ごせるよう準備しておくための「エンディングノート」なのです。
岐阜市島新町にある「社会福祉法人いぶき福祉会」。ここで今年の10月から取り組み始めたのが「エンディングノートプロジェクト」。
「年老いた親が、ほんとは心配される側のはずなのに、(自分が)入院するときにお子さんなんとかならないのかなっていう、ほぼ悲痛な叫びを何度も聞いて、これはほんとになんとかしたいなと思って活動を始めています」(いぶき福祉会 森洋三 事業部長)
ノートを記入する場を設け、それぞれが何を書き残すべきかなどを一緒に考えるのがこのエンディングノートプロジェクトの狙いです。
ノートには普段の生活スタイルや通っている病院や施設、配慮が必要なこと、支援者に伝えたいことなど、ひとつずつ整理して書けるようになっています。
保護者の間でよく話題になるのが「親なき後問題」。
親が年をとり、将来、わが子を支えられなくなったら、誰がどのように子どもの生活を支えてくれるのかなどの、障がいのある子の親が不安を抱える。それが「親なき後問題」なのです。
「いぶき福祉会の親御さんでも、この2~3年立て続けに亡くなられる方がいまして、ほんとに現実的で。どこか遠くへ行っちゃうのもその子にとって悲しいことですので、こういう(エンディングノート)のを残しておいた方がいいなと思って」(大野秀子さん)
10年前からグループホームで生活を始めた裕輝さん。母の秀子さんは、裕輝さんが穏やかな環境で安心して笑顔でいられること、いつもと変わらない生活を送っていけることを願っています。
「まだこれから裕輝自身も成長がありますし、私の気持ちも変わってくるかもしれないので、またエンディングノートは書き足したり、書き直したりしたいと思っています」(大野秀子さん)
親元から離れ、自分らしい生活を送ることができるグループホーム。
しかし、裕輝さんが暮らすグループホームは岐阜市内から車で30分ほどの人里離れた場所にあります。そこには深いワケがありました。
「公民館で地域説明会の時にも、めちゃくちゃなことを言われた。近所の土地が安くなるからって、言われたよね」(保護者)
説明会を開いても「大声を出されては困る」「いきなり襲われたら怖い」などの理由で住民がのぼりを立て運営反対をする事例も全国的に起きているのが現実です。
「私たちの子どもが(グループホームに)入れるように頑張ろうっていっても、現実は厳しいと思うんですね。そう思ったときに、どんな場所に行っても、どんな方にみてもらうことになっても、やっぱりエンディングノートがあるとなんとか親は安心して」(中村佐千代さん)
中村佐千代さん(57)。親なき後の息子がグループホームで暮らしてほしいと願っています。
自宅から福祉事業所へ通う息子の真也さん(25)。重い知的障がいのある自閉症です。
自宅に帰ると2階のリビングに勢いよく駆け上がり、帽子とマスク、カバンを放り投げると、トイレへ駆け込みます。出てきたらおやつを食べるのが日課になっています。
さらに365日、雨の日でも台風でも父親と散歩に出かけるのも日課。決まった行動にこだわりがあるのが自閉症の特徴です。
「親なき後問題」には、今はまだ現実味を感じないという母の佐千代さん。
しかし、真也さんの行く末を案じる思いは、年齢には関係ありません。
「やっぱり真也の話せない思いは、全部(エンディングノートに)書きとめて。やっぱり楽しくほんとに笑顔で、ニコニコってした顔がほんとにすてきで癒やされるので、やっぱりそれを支援してくださる方にも思いながら一緒に接してもらいたい。頑張って(エンディングノートを)書きます」(中村佐千代さん)
岐阜市障害福祉計画によると、市内の知的障がい者の主な支援者は両親が61.5%。支援者の年齢は42.5%が60歳以上と高齢化が進んでいるのが実情です。
「親なき後の問題を家族だけで考えるというのは解決しないなと思っていますし、みんなが住みやすい社会になるのかなと思って、そのきっかけになればいいなということで。少しでも(エンディングノートを)知っていただいて、共感が広がるといいなと思っています」(いぶき福祉会 森洋三 事業部長)
親なき後の問題に取り組み、障がい者の願いを真ん中に、親も支援者も寄り添えるように子どもの将来の生活を一緒に考えていく。
親なき後のバトンをつなぐ。「エンディングノート」は、障がい者本人の幸せのためのノートなのです。