ワールドカップまでいよいよ1ヶ月を切り、日本代表を包む空気も ピリピリしたものが増してきた。 決勝トーナメントに進出すれば立つ可能性もある神戸ウイングスタジアムの ピッチで行われたキリンカップ、日本−ホンジュラス戦。 イングランドから川口も召集されたが、先発GKとしてゴールの前に立ったのは 楢崎だった。
W杯の登録メンバー23人の発表は今月17日(の予定。最終発表日はそれより 先だがトルシエ監督がこの日に発表すると表明している)。 そのメンバーの最終滑り込みをもくろむ選手達の激しいテストの場と 位置付けられているキリン杯だが、GKに限っては波乱はもうない。 楢崎、川口プラス1名のバックアッパー。これ以外の選択はない。 あとはこの二人のどちらが正GKとして認められるかだ。 このキリン杯はGKにとってはメンバー入りの最終試験ではなく 本番のピッチに立つ男一番乗りを決めるものなのだ。
その意味において、去年3月、世界王者フランスに0−5と 完膚なきまでに叩きのめされたあの「サンドニの屈辱」以来の大量失点を この時期に喫した結果について、楢崎の立場に不安を抱いた者もいるかも知れない。 「川口が守っていれば…」ということを言い出すサッカーフリークも、 恐らく何人かはいるのだろう。
事実からいえば紛れもなく大量失点である。しかも中村俊輔がセットプレーからの 個人能力で苦境から脱し同点に追いついてから2度に渡ってすぐに突き放されるという もっとも流れの悪い失点であり、その失点の度にテレビ画面に大写しになる 楢崎の険しい表情を目にすると、正直、小さくない不安が頭をよぎるのも事実だ。
しかしこれこそが、楢崎のGKというポジションの宿命を背負い続ける姿の象徴だ。
はっきり言えば今年行った親善試合で日本のディフェンスが完全に安定した状態で機能したことは1度もない。更に言えば失点はこの日の3点も含め、GKの範疇に入った段階で”勝負あった”というものばかりだ。 フラット3と呼ばれている守備体型だけに最終ラインの3人の動きとGKとの連携に目が行きがちで、オフサイドを取りきれなかったり、ペナルティーエリア内での逆サイドの選手をフリーにしているシーンばかりが印象に残るが、そもそもそれはフラット3を機能させるのに欠かせないボランチやサイドハーフとの関係までさかのぼらなければならない性質のもので、この時期に行っている”テスト”が抱える構造的な弱点というべきものだ。 今年最も守備面で安定した試合だったポーランド戦には中田英がいた。小野がいた。彼らが守備と攻撃のバランスを十分に考えながらプレーしたことで適切な守備のポジショニングが保たれた。あの時のGKは川口だったが、GK個人の能力で安定したわけではない。
ホンジュラス戦ではある意味屈辱的なゴールの奪われかたをした楢崎だったが、その失点を冷静に分析し、即座に立てなおしていくアグレッシブな姿勢は最後まで貫いた。前半38分、またも中央突破を許し1対1の決定的な場面を作られたが、全く乱れのないプレーでこの危機を救った。失点に動じ混乱していたらたやすく決められていた場面だった。やるべきプレーに迷いのない今の楢崎だからこそ発揮できた集中力だったといえよう。これはコスタリカ戦でのPKストップに通じるものであり、精神状態の高さとその持続を証明するものだった。
「自分がピンチを止めて流れが変われば、と思っていた」
と試合後に語った楢崎。綻びを見せ続ける守備陣を前に、楢崎自身の気持ちは揺らがなかった。世界最高峰、それはすなわち世界で最も厳しい戦いの場でゴールを守るために必要な要素を、間違いなく彼はコンスタントに見せ続けている。フラット3の修正が必要なのは言うまでもなく、W杯本番までの最大の課題となってしまったが、楢崎のプレーヤーとしての信念と誇りには、「修正」という言葉を必要としていない。このコンディションを更に持続していくというのも常人には途方もなく困難なことなのだが、来るべきその時にむけ、楢崎はその困難に果敢に挑んでいくことだろう。
取材:大藤晋司
[2002.5.4]
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