”大器”片桐淳至・堂々見参
―度胸と強運を見せつけ、ナビスコ杯でデビュー―

 日本全体が「ワールドカップの熱情」に包まれはじめた4月30日、 約4ヶ月前、国立競技場にサッカーの熱情を運び込んだ18歳が 世界への長い階段の第一歩に足をかけた。

 昨年度の全国高校サッカー選手権で大会得点王を獲得し 岐阜工業を全国準優勝に導いた立役者、そしてその活躍が認められ 鳴り物入りで地元グランパスに入団した片桐淳至が、ナビスコカップ グループリーグの広島戦(広島スタジアム)でプロデビューを果たした。

 後半22分、霧雨にけぶる広島スタジアムに姿を見せたその男は 4ヶ月前より更に伸び、茶色に染めた髪を振り乱しながら、ピッチへ入っていく。  その直後、グランパスは1点を失い、FWである彼は、 いきなり「見せ場」を求められる立場となった。



「自分の世界」を早くも披露した
 途中交代で入ったFWの鉄則である豊富な動きでボールをもらう姿勢は貫いた。 しかしデビュー戦で簡単に点が取れるほどプロの世界は甘くない。刻々と時間は経ち 後半ロスタイム。ラストワンプレーとなるであろう40メートルのFK。放り込まれたゴール前のボールは 彼の目の前に転がった。左足。「振りぬいた」わけではない。「さわった」「当たった」という表現のほうが正しかった。しかしそのボールはゴールラインを割っていた。
 チームを敗戦から救う起死回生のロスタイム同点ゴールが、 彼のプロ初ゴールとなった。

ボールがどこに行ったかは分からなかった。振り向いたら滝沢さんがガッツポーズをしていて決まったと分かった。さすがにピッチに立った直後は頭が真っ白になったけど、とにかく動こうということを考えた。途中からは落ち着いてきて、ゴールを狙ってやるという気になってきてましたが、まさかあの時間に入るとは思わなかった。今までで一番うれしいゴール。ボク、何か(運を)持ってますね

 その”何か”を見たいと、ホームデビュー戦となった5月6日の鹿島戦は1万2千人以上のサポーターが瑞穂陸上競技場に詰めかけていた。3日の試合でも途中出場でまずまずの動きをみせた片桐を、ベルデニックはこの日先発出場させた。負ければグループリーグ敗退が決定するという状況。またしても片桐は、通常以上の「見せ場」を求められる局面でピッチに立つことになったのである。

 前半8分、右サイドを抜け出した岡山がゴールライン際からマイナスのクロス。詰めていた片桐が反応するがわずかにかすり、ファーに流れたところに待っていたマルセロがフリーでシュートを決め1−0。
 後半9分、ロングボールが鹿島GKの前に落ちてくる。そこに猛然と突っ込んできた片桐が目に入ったGKのキックは精度が低く、これをひろったマルセロが30メートルのロングループシュート。片桐のチェイスによって大きく前に出ていたGKはこれに触れずに2−0。
 そして後半32分、スルーパスに上手く反応して左サイドから深いところにまでボールを運んだ片桐が葉ファーサイドにクロスを上げると、詰めていた滝沢から中谷に当たって3点目。
 片桐はなんと3点全てに関わる活躍を見せ、3−0の快勝の立役者となったのだ。

 代表選手不在の中で行われるグループリーグ。更にケガ人なども重なり各チームともベストメンバーを汲めない中での連戦。差し引かなければならない要素は多い。しかしそうであっても、片桐個人の持つ独特のオーラのようなものは、他の18歳選手のデビューとはやはり異質なものを放っていた。
 突出した身体能力の高さ、たとえば瞬間的なダッシュの速さやフィジカルの強さ、があるわけではない。しかしボールを受けるとき、受けた後のプレーのイメージが豊富で、常に多くのイマジネーションが頭の中に描かれているために動き出しが速く、マークについているDFの1歩先をとることができる。「日本一強いDF」秋田ともマッチアップがあったが、この試合に限ってはその秋田を引きずるような強引なドリブルで振り払った。ボールを受けると何かをやってくれるのではないか、という雰囲気が次第に瑞穂の観客達にもつたわり、片桐にボールが渡るとスタジアムに心地よい高揚が沸き起こる。アウェーのアントラーズサポーターたちも、その時だけは一瞬息を飲んで彼の動きを見る。スタジアムを”自分の劇場”にしてしまう天賦の才の片鱗を、90分間見せ続けた。
 
「鹿島はディフェンスにいい選手がいるので最初は落ち着かなかったけれど、やり始めたらそういう意識は出なかった。3点に絡めたけどまだ自分の思い通りに判断してプレーできないところもある。周りの人とのコミュニケーションをもっととって、更に早い判断をしていきたいですね。それにしてもホームの歓声はいいですね。やっぱりアウェーでやるよりホームのほうがいい。またホームでプレーしたいという気になりました。」  
 
 その「次のホーム」戦となった9日の広島戦は先発したが精彩を欠き途中交代。鹿島戦で見せた躍動感は影を潜め、本人も「コンディションを安定させて力をコンスタントに出せない自分が悔しい」と試合後唇を噛んだ。勢いよくプロの世界に飛び出した片桐にとって初のブレーキがかかった経験となったが、こうした経験の積み重ねが、この大器をさらに成長させることになるのはいうまでもないだろう。
 
 試合前から瑞穂にこだまする「片桐コール」。大きな期待を背負っていることの証だ。しかしそれは同時に、彼にそれだけの期待を感じさせるきっかけとなった、高校サッカーという存在の大きさを示すものであると感じた。高校サッカーでの活躍をみんなが知っているからこそ、彼にはこれほどの声援が飛んだのだ。 改めて高校サッカーに尽力している人々の存在が日本のサッカーの発展をになってきたのだなということを実感する。片桐が常に言う「大野先生(岐阜工サッカー部監督)は自分にとって父親以上の人。あの人がいたから自分はここまでこれた。グランパスに入ったのも、大野先生の近くにいて、アドバイスを送ってもらいたかったから」 という言葉を思い出した。地元の高校サッカーが生んだ大物ルーキー。そういえば小倉(現札幌)も、デビュー戦で初ゴールという偉業を達成した。これからどこまで大きくなるのか、片桐淳至の今後を見守りたい。

取材:大藤晋司

[2002.5.11]

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