
ひかりのくに絵本「電車」(画:梅本 恂画,文:小春久一郎)ひかりのくに昭和出版 発行年月日不明

今日はこの絵本の一ページから。

注目は電気機関車のパンタグラフ。
「こんなパンタグラフは見たことがない。」と思ったら、NPO法人名古屋レール・アーカイブスの会員さんから「三井化学専用線(旧三池炭鉱専用鉄道)」に同様のパンタグラフの電気機関車があったよ」とのお言葉。
※三池炭鉱専用鉄道=「大牟田の近代化産業遺産」ウェブサイト、「三井化学株式会社 」ウェブサイトの記載に準じています。
三井三池鉄道、三池鉄道という記述もありますが“通称”という説明がついている場合もあります。

その三池炭鉱専用鉄道(三井三池鉄道)の電気機関車との見比べ。

掲載されていたのは「電気機関車展望1」(久保 敏、日高冬日古)1976(昭和51)年11月10日発行 交友社
会員さんの記憶力には舌を巻くばかり。

当会が管理しているJ.W.ヒギンズ氏の写真にもありました。
1957(昭和32)年4月30日の撮影。場所は平井駅。
ただ昭和5~60年代以降では、一般的なパンタグラフが搭載されていたという記憶ですので、どこかでパンタグラフの交換がなされたと思われます。

もう一度最初の絵に戻りましょう。ここからはパンタグラフでは無く、描かれた駅の話し。
三池炭鉱専用鉄道の現役時代に撮影された写真に「5」があり、細かいディテールはともかくかなり似ています。
そこからこの絵がどこの駅をモチーフにしたかの推理ですが、JR鹿児島本線大牟田駅もしくは荒尾駅ではというのがまず思いつきます。
鹿児島本線の大牟田駅、荒尾駅周辺の電化は1965(昭和40)年で、三池炭鉱専用鉄道は1912(明治45)年に一部電化、1923(大正12)年に全線電化されているので、客車列車の到着するホームに、蒸気機関車牽引の列車が停車しているのはつじつまがあいます。また本線に架線があるので、電化直前の姿と考えれば如何でしょう。
もっとも電気機関車が三池炭鉱専用鉄道だとするならば、石炭を積んでいるもしくは積むための貨車がいないのが大きな疑問です。それと背景の巨大な工場群は大牟田、荒尾に実在したのでしょうか?
更に一番左側に描かれている貨物ホーム。
まあ色々思い巡らすのが楽しいということで、今日はここまでにしましょう。
ただ5号機関車の右側の渡り線にはちゃんと架線が描かれており、不思議なリアルさもあるのも確かです。
(絵本の提供)
NPO法人名古屋レール・アーカイブス会員のOさん。
(解説)
上記Oさんと、会員Aさん。多謝。
