稲見駅長の鉄道だよ人生は!!

稲見眞一

「未成線・廃線サミットin高千穂」報告。

1967(昭和42)年10月発行「交通公社の時刻表 10月号」(日本交通公社)

この時点で、延岡からの国鉄はまだ高千穂に達しておらず、終点は日ノ影駅。線名も日ノ影線でした。

日ノ影線が高千穂まで延伸開業したのは1972(昭和47)年7月22日。その日を以て線名も高千穂線と変わります。

その後高千穂線は1989(平成元)年4月28日、第3セクター/高千穂鉄道に転換。

しかし、2005年9月6日、台風14号がこの地を襲い、橋梁の流出のみならず全線で大きな被害を受け、高千穂鉄道は廃線を余儀なくされたのです。

歴史に「もし」はないとされますが、それでも「もし」九州中部横断鉄道が夢幻ではなく実現していたら、高千穂鉄道への転換と、台風被害による廃線はどうなったのだろうと思わざるを得ません。

1967(昭和42)年10月発行「交通公社の時刻表 10月号」(日本交通公社)

時代が違うので一概には言えませんが、高千穂と高森を結ぶバスは当時11往復あり、それなりの需要があったと推察されます。

ところで「第4回全国未成線・廃線サミットin高千穂 鉄道遺産からの挑戦」。

これまでは「全国未成線サミット」として、未成線(鉄道遺産)を観光資源等として有効活用して地域振興へつなげようという趣旨で、2年間隔で開催されていたのですで、今回の高千穂町での開催にあたり、高千穂町では「未成線」と「廃線跡」の両方を活用しているとし、サミットの名称は「未成線・廃線サミット」となりました。

※これまでに奈良県五條市、福岡県赤村、島根県浜田市で開催。

2023年11月25日、サミット会場の国民宿舎ホテル高千穂。

さて廃線は分かり易いですが、未成線を生かすとはどういうことでしょうか?

先ず未成線とは完成せずに(幻に)終わった鉄道路線のこと。

ところが計画線ではないので、各地に工事の途中もしくは完成した高架橋やトンネルが点在する場所も残っていたりするのです。

あまりその実態は知られていませんが、打ち捨てられた未成線の高架橋やトンネルは全国各地に点在しており、一部の未成線ではトンネルを酒蔵として利用したり、路盤にレールを敷いてトロッコ列車を走らせたりなどの活用がなされています。

再度のこのサミットの目的説明となりますが、そうした利活用をしている地域が集まり、今回のような情報交換の場を設け、更に発展していこうという趣旨のもと、それが4回目の開催へと繋がったものです。

まず島根大学大学院/平川真衣さんによる「鉄道遺産『未成線』における活用実態とその課題」という講演がなされ、実際に未成線の活用をしている16路線の紹介などがありました。

平川さんがこうした研究をすることになったきっかけが先回/島根県浜田市で開催された未成線サミットとのこと。こうしたサミットきっかけの研究が深まっていることに感動しつつの時間となりました。

各地の具体的な事例報告。

*山口県岩国市錦川観光協会中村信利会長「清流と歴史に彩られた街の鉄道と未成線」

*熊本県高森町役場生活環境課山田佳慶主査「高森湧水トンネル公園について」(この写真と次の写真)

*日之影町役場地域振興課工藤富士課長「鉄道資産の活用」

*高千穂あまてらす鉄道齋藤拓由専務「高千穂線のあゆみ」

最後は鉄道愛好家として知られる俳優の六角精児さんと、同じく鉄道好きと地元宮崎では知られているとのフリーアナウンサーの田代剛さんの司会進行で、高千穂町甲斐町長とのトークイベントが行われ、これはそのあとの記念写真。

六角さんから「鉄印帳」の未成線版とかあったら良いねとか“鉄道趣味者目線”での楽しくも実現して欲しいと思える話も出ていました。

次回は山口県岩国市で2年後の開催です。

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