令和6年11月1日 宮内庁ウェブサイトに掲載されたお知らせ。
「秋篠宮皇嗣同妃両殿下のトルコ御訪問について」
この度、トルコ政府から、外交関係樹立100周年の機会に、秋篠宮皇嗣同妃両殿下を同国に招待したい旨の申出があった。
ついては、我が国と同国との友好関係に鑑み、両殿下に同国を御訪問願うことといたしたい。
御日程は、12月3日御出発、同月8日御帰国の予定である。
トルコを訪問された秋秋篠宮ご夫妻は、昨日紹介しましたブルーモスクを始め、今日紹介するトプカプ宮殿を視察されました。
日本とトルコの外交関係樹立100周年は、ツアーに参加して知りましたが、まさか私が訪れた場所と同じ場所を今月に入りご訪問されるとは、9月の段階で知る由もなく、トルコと日本のご縁を改めて感じ入っています。
トプカプ宮殿(Topkapı Sarayı)
*15世紀中頃から19世紀中頃までオスマン帝国の君主が居住した宮殿。
*目玉は世界最大級のダイヤモンド。
※以下、Wikipediaから転載。
トプカプ宮殿(Topkapı Sarayı)、「大砲の門宮殿」の意)は、15世紀中頃から19世紀中頃までオスマン帝国の君主が居住した宮殿。トルコ共和国イスタンブール旧市街のある半島の先端部分、三方をボスポラス海峡とマルマラ海、金角湾に囲まれた丘に位置する。
トルコ語の発音(トルコ語発音: [ˈtopkapɯ saraˈjɯ])に忠実な日本語表記は「トプカプ宮殿」であるが、日本語ではしばしば「トプカピ宮殿」と表記されることがある[注 1]。
トプカプ宮殿と呼ばれるようになったのは19世紀の皇帝が去った後からで、それ以前はベヤズットスクエア(英語版)に元々あった宮殿(旧宮殿)に対する「新宮殿」ということで、新宮殿を意味する「イェニ・サライ」、帝国新宮殿を意味する「サライ・ジェディード」(オスマン語: سراى جديد عامره)と呼ばれた。また、イスタンブールに営まれた多くの宮殿のうちの正宮殿として「帝王の宮殿」(サライ・ヒュマーユーン)とも呼ばれた。
宮殿はよく保存修復され、現在は博物館として公開されているが、15世紀に建設されて以来増改築を繰り返しており、創建当初の姿を保ち続けているわけではない。
博物館としてのトプカプ宮殿。
プロムナードと言いたくなる通路(街路)を歩きながら、収蔵品が公開されている建物を巡ります。
「Spoonmaker's Diamond(スプーンダイヤモンド)」。86カラットの大きなダイヤモンドと、その周りを飾る49個のダイヤモンドでできたもので世界最大級のダイヤモンドとのことです。
このダイヤの前は、いつも渋滞。撮影する人も多いのですが、食い入るように見る方も多数。
時間がかかる訳です。かくいう私も写真を撮るのは一瞬で、あとは見ていました。
見所をガイドさんの説明を聞きながら廻ったのですが、あまりに盛り沢山で目と耳が忙しい見学となりました。
一度で良いからこんな椅子に座ってみたい。
迷路と言うほどではありませんが、それでも彷徨う(さまよう)とは言えそうな建物群とそれを繋ぐ通路。
このようなグラスでワインを飲み、
この器でデザートを食したら気分は上々。ですね、きっと。
ボスポラス海峡を望むテラスで一息。
皆さん、この風景を背景に記念写真を撮影されていました。
それぞれの棟で、テーマに沿った展示がされており、
ここはオスマン帝国のスルタン(君主)とその家族の衣装。
ここではその模様に魅せられました。例えばこの線の組み合わせには何か意味があるのだろうか?とか。
入場したのは午後3時半過ぎ。
そして夕方の午後5時過ぎとなり、閉館時間が近づく中での見学。入った頃はところどころ人で溢れかえっていましたが、この時間帯はどこもゆったりと見学が出来ています。
ここトプカプ宮殿で凄いなあと思うのは、これだけ様々なものがすべからく今に残されており、それが公開されていること。
料理道具類もご覧の通り。
こうした調理の再現もあります。
晩餐会の様子。ついつい見入ってしまいます。
午後6時。結構じっくり見た気分。
さあてこれから晩餐会に向かいます。宮殿ではありませんが…。