D51895号の次は?
近鉄田原本線に沿って歩きます。
盛土と道路の境目にある側溝に古レールが使われています。普段なら見過ごしますが、「珍しい」と言われ改めて見る。確かにこのパターンは見たことがないかも。
14:14頃、西田原本行きの電車が通っていきます。
盛土をくぐり抜ける小さなトンネル。
1918年(大正7年)4月26日、大和鉄道が新王寺駅~田原本駅(現在の西田原本駅)間を開業した当時からあるそうで、既に100年越え。
「通路」だとしたら、どうして道路面から掘下げた所にトンネルを作ったのだろう?と思っていたら、元々は用水路だったそうで、写真では分かりません(歩いても実感がありませんでしたが…)が、勾配があるそうです。また入口と出口で径が違うそうです。
大和川支流の葛下川(かつげがわ)に架けられたJR和歌山線の鉄橋。電車は王寺駅発14:26の高田駅行き。
1891年(明治24年)に大阪鉄道によって開業した区間で、この橋が開業当時のものかどうかは聞き逃しましたが、それでも鋼板の接合部分がリベットなのは昭和30年代初までであるということは聞いていました。リベット打ちの鉄橋はまだまだ見られるので珍しくは無いのですが、それに興味を持たせてくれる解説に一票入れる。
家に戻ってからウェブサイト、日本橋梁建設協会「橋の知識」を見て少しお勉強もしました。
リベットの造形美。
葛下川の堤防をしばし散歩。
甲羅干しの亀さん達。私たちにはいやしの時間。
王寺駅の留置線で休む201系。
ここにも通路があります。
大阪鉄道の奈良駅~王寺駅間が開業したのは1890年(明治23年)。この通路は1891年(明治24年)に作られたとの記述をネットで見つけましたが、大体その頃であるのは間違いないでしょう。
レンガの積み方にはいろいろあり、フランス積みとかイギリス積みなどなど。
ところでどれがフランス積みで、どれがイギリス積みかを折角聞いたのにもう忘れてしまった。これがイギリス積みのような気がする。