稲見駅長の鉄道だよ人生は!!

稲見眞一

明治15年(1882年)頃、東京馬車鉄道「上野三橋ヨリ山下ヲ望ム」。

「上野三橋ヨリ山下ヲ望ム」

東京馬車鉄道の絵はがき。

「上野三橋ヨリ山下ヲ望ム」のタイトルがありますが、「下」が「ト」にしか見えませんね。

(国立国会図書館ウェブサイト 錦絵で楽しむ江戸の名所)

●上野広小路・下谷・山下 (うえのひろこうじ・したや・やました)

現住所 台東区上野

解説

現在の上野公園(旧寛永寺)周辺。広小路は、現在の上野公園入口から松坂屋に至る一帯。明暦の大火(明暦3(1657)年)ののち、道幅を広げて火除け地となった。歴代将軍が寛永寺参拝に利用した御成道おなりみちで、沿道に食料品店、料理店などが並ぶ繁華街であった。現在の中央通りと不忍通りの交差点には、忍川しのぶがわが流れており、三つの橋が並んでかけられていたことから三橋みはしと呼ばれた。松坂屋、三橋は錦絵にも描かれた。下谷は寛永寺(現上野公園)の東側一帯をさし、台地であった上野に対する名称。山下は、東叡山の下の意味。現在のJR上野駅構内と駅前広場にあたる。元文2(1737)年の火災ののち火除け地となり、町屋は開かれず、商店や見世物小屋が立ち並ぶ歓楽街となった。

最初にこの絵はがきを見たときに、「上野三橋」ってどこ?何?でした。そして「山下」も同じ。

ネットで調べて直ぐに分かったのですが、そもそも東京馬車鉄道を調べていたのに、よもやこうした調べ事をすることになるとは思ってもみませんでした。

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