ケーブル延暦寺駅。
時代の重みを感じさせてくれる駅名標。
駅舎内には、同ケーブルカーに関する展示もあります。
駅舎の2階の展望テラスから琵琶湖大橋方面を見る。
一方、こちらは大津市の市街地方面。
13:00発のケーブルカーで紀貫之の墓のある「もたて山駅」に向かいます。
余談ですが、この比叡山坂本ケーブルは架線レス。
駅での停車中に架線から蓄電池に充電し、車両走行時は充電した電気を使用するようになっています。そのおかげもあって前面の眺めはすっきり見通せて最高です。
ケーブル延暦寺を出て、直ぐ。もたて山駅が見えてきました。
乗降客がいなければ通過する日本ではここだけ(除く、路面電車)のリクエストストップ(乗客が事前に下車もしくは乗車を申告したときのみ停車)の駅。
この4月12日にオーストラリアのジグザグ鉄道で久しぶりに体験し、日本でも同様の駅があるかとNPO法人名古屋レール・アーカイブスのメンバーに聞いたら、Aさんがこのもたて山駅と、その対となるほうらい丘駅の存在を即答。
で、これは是非行かねばと思いたち調べたところ紀貫之の墓の最寄りと言うことで、大学入試で日本史を選択した私としてはこれを宿命と捉え、もたて山駅を体験することにしたのです。
当然、降りたのは私だけ。
下っていくケーブルカーを見送ります。
ところでケーブル延暦寺駅で、駅員さんにもたて山駅での下車を申告したリクエストストップ。では乗車時はどうするのでしょうか?それはまた明日。
整備された山道を歩くこと約15分。
もっとも若い方なら10分ほどで目的地に到着です。
そのお墓があるのは滋賀県比叡山の中腹。歴史上の人物のお墓というのは全国にままありますが、ここまで人里離れた山中は珍しいかも知れません。
「紀貫之」の文字が読み取れます。
今から半世紀ほど前、私は土佐日記を読んだような記憶がありますが、定かでは無く、そんな気がしているだけかも知れません。
でもまあこの地で、歴史の1ページに触れたことは間違いありません。
周囲の木立の隙間から、琵琶湖がかろうじて見えますが、平安の時代には視界が開けていたのではと思われます。
また比叡山延暦寺は延暦7年(788年)に創建されていることから、紀貫之は延暦寺を参拝し、この地を終の住処と決めたのかも知れません。
そんなことを思考しつつ、しばし休息。
来た道を戻ります。こうした標識を見るとここが登山道であると認識。
眼下を通り過ぎるケーブルカー。
車体にエンジンもモーターもないので、実に静かに突然現れ、忽然と消えていきました。