INTERVIEWインタビュー

01 MIKI YAKATA

2018年4月に乳がんの摘出手術を受け、その後SNSで公表した元SKE48メンバーの矢方美紀さん。左乳房の全摘出とリンパ節切除手術、抗がん剤治療を経て、現在も治療を受けながら、精力的に仕事を続けています。そんな矢方さんから、今日までの経緯とさまざまな問題に直面した時の心境の変化を伺いました。若年性乳がんと闘いながら目の前にあるチャンスをつかもうとする彼女の言葉は、驚くほどポジティブ。声優になる夢を諦めることなく、一歩一歩前へ進んでいく姿は、私たちに改めて生きることの素晴らしさを伝えてくれます。

治療をしながら、夢を追う。

テレビ番組で知ったセルフチェック。
自らの手で乳がんを見つけることができました。

フリーアナウンサーの小林麻央さんの訃報をニュースで知り、とてもショックを受けました。34歳という若さでこの世を去られた事実を受け止めて、自分も他人ごとではないな、と思ったんです。ちょうどその頃、テレビ番組で乳がんのセルフチェックを紹介していたので、自分でもやってみることにしました。初めはベッドに寝転んで行ったところ、ビー玉ぐらいの大きさのしこりが、手のひらに当たりました。お風呂で石鹸をつけて滑りやすくしてやってみると、よりクッキリと分かって。友人に相談したら「すぐにでも病院へ行った方がいいよ」と心配されたので、最初は産婦人科に行こうと思いました。

でも、ウェブで色々調べてみると乳がんは乳腺外科が専門なんですよね。早速問い合わせたところ、受付時間や診察時間もきっちり決まっていて仕事をしながらだと予約もままなりません。その話を知人にしたら、病院に事情を説明して明日にでも検査を受けるべきだと強くすすめられ、昨年(2017年)の12月に乳がんの検査を受けることになりました。

意外にも手術の前から
前向きな気持ちになれたんです。

最初に訪れた病院では、乳がんか否かの可能性は半々と言われました。大きな総合病院への紹介状を書いてもらい、さらに精密な検査を受けました。検査から結果が出るまでにかかった時間は約2週間。その間は不安との戦いでした。乳がんになれば仕事もできなくなるし、30歳まで生きられないかもしれない。これでGAME OVERなんだ…と。乳がんと宣告を受け、すぐさま先生に「もうお仕事は無理ですか?」と聞いてみました。すると「そんなことはないですよ。仕事を続けている人もいらっしゃるし、自分のやりたいことを積極的にやっている方がたくさんいます」と想定外の答え。寝たきりの生活や常に点滴がつながっているイメージを抱いていましたが、治療の説明を受けて、ガラッとイメージが変わりました。「だったら私も治療をしながら大好きなお仕事を続けよう!」と、前向きになることができました。

「胸と命、どっちが大事?」
自問自答して出した答えが全摘出でした。

治療や仕事には前向きになれたものの、左胸を失うことには、かなりの抵抗がありました。「なぜ25歳の私が胸を取らなくちゃいけないの?」と。でも、一部のみを摘出して再発の不安を抱えて生きるか、再発のリスクを下げるために全摘出するかの選択を迫られた時、そこまで時間をかけることなく後者を選びました。「あの時全摘出しておけばよかったと」と後悔するのもイヤですし、胸の存在で生死の不安を抱えて生きていくよりも、これからの人生を一番に考えようと思ったからです。

もともと胸を強調する服を着るほうじゃないし、毎日水着を着て海に行くわけでもないので、工夫をすれば特に不便はないのではないかと。今は乳房を再建する技術も発達していて、のちのち再建するなら全摘出の方がキレイに仕上がると聞き、私にとってはプラス要素が多いと判断しました。

SNSを通じてできたコミュニティ。
この存在が大きな支えとなっています。

今年の4月に手術を受けることになり、3月から1か月間病名を伏せたまま療養に入りました。するとネットでいろいろな噂が広がって…。憶測でモノを言われるよりも、自分の言葉でファンや応援してくださる皆さんに事実をお伝えすべきだと思い、手術を終えてからSNSで公表しました。誹謗中傷を受けるかな?と心配しましたが、寄せられた大多数が応援メッセージ。私と同じように乳がんと闘っている方のブログを読んだり、女性特有のがんに直面する方のコミュニティ「Peer Ring(ピアリング)」に参加するなど、SNSを通じて多くの刺激を受け、より前向きになれました。

公表から約半年経ち、今お付き合いしている人の9割は乳がんをきっかけに出会った人々。こうして出会った方たちとお話ししていると、今までの私がいかに狭い世界で生きていたか、周りのことに無関心だったか、気づかされます。近頃のニュースでは SNSの悪い側面ばかりがクローズアップされますが、上手に付き合えば、こんなにいいツールはありません。私はメリットを受けて、考え方や生き方をいい方向へ変えることができました。

抗がん剤治療は計画的。
だからお仕事のスケジュールも組めました。

16回にわたる抗がん剤治療は、副作用による嘔吐、排便障害、むくみ、火照りなど、予測できない体の変化に悩まされ、大変な時期もありました。個人差はありますが、私の場合は投与後に体がどう変化するのか予測できるようになったのと、抗がん剤に慣れてきたのもあり、お仕事を比較的早い時期に再開できたみたいです。

抗がん剤を投与するスケジュールは前もって分かるので、クライアントや事務所の理解を得ながら、仕事のスケジュールを組めたのは、とてもありがたかったですね。今(2018年11月現在)はホルモン療法(内分泌療法)を続けていますが、おかげさまで順調にお仕事ができています。

アピアランスサポートのおかげで
いろいろなストレスから解放されました。

抗がん剤の副作用といえば…脱毛。覚悟はしていたけれど、実際に直面してみるとやっぱりショックでした。中でも一番の悩みのタネは髪の毛。医療用ウィッグは高価で手が出せないと思い込み、最初は化学繊維でできたおしゃれ用のウィッグを購入しました。でも、おしゃれ用のウィッグは地毛がある前提で作られているので、頭皮に直接触れるとチクチクしたり、蒸れて湿疹が出たりで、ストレスもピークに…。

そんな時紹介されたのがアピアランスサポート(※)です。聞けば医療用のウィッグは通気性もいいし、自分の髪のようにヘアアレンジもでき、普通のシャンプーやリンスも使えるといいます。試着してみたところ、見た目もとっても自然ですし、心配した価格も思っていたより高くなくて。切り替えて以来、ストレスは劇的に減ってお出かけも快適です。抗がん剤の副作用で黒ずんだ爪や、肌のくすみをカバーする方法もすごく参考になりました。アピアランスサポートのアドバイスを受けなかったら、引きこもりがちになっていたかもしれません。心強い存在に出会えて、本当によかったです。

※アピアランスサポート
抗がん剤や放射線治療の副作用による、脱毛や肌のくすみなど、見た目の変化に悩むがん患者をサポートしてくれるアドバイス事業。

若年性乳がんの存在を
もっと認知していただきたくて。

自分が乳がんになるまで「AYA世代(※1)」という言葉を知りませんでした。私は25歳で乳がんを患い、今26歳なので、AYA世代の真っただ中。40代から急激に増える乳がんの中でも、AYA世代の乳がんは若年性乳がんに区分されます。乳がん患者全体に占める割合は2%以下(※2)と大変少ないのですが、私がSNSで公表して以来、すでに10人以上の若年性乳がん患者の方とお会いしました。世界レベルで見たら、かなりの数になると思います。

でも、認知度が低いからか、AYA世代向けのウィッグや、かわいいブラジャーはほとんどありません。同世代の女の子と同じ感覚でおしゃれを楽しみたくても、なかなか叶えられないのが現状です。私たちがこうして発信することで、皆さんがAYA世代のがんについて少しでも理解を示してくれたらと、心から願っています。

※AYA世代
15歳から30歳前後の思春期・若年成人を表す「Adolescent and Young Adult」の略。小児に多く発生するがんと、成人に多く発生するがんの両方を発症しうる世代です。

※若年性乳がん
一般的には34歳以下の乳がんをさしますが、妊娠・出産・育児などの生活スタイルから、40歳代も若年性乳がんとして捉えることもあります。2011年に乳がん(上皮内がんを含む)と診断された81,319人中、34歳以下は1.8%でした。

普段通りに接してほしい…
それが私たちの願いです。

乳がんになって、一番の心の支えになったのは、母の存在。「乳がんかもしれない」「やっぱり乳がんだった」と伝えても、私に対する態度は何も変わりませんでした。きっと胸の内では、色々思うところもあったと思いますが、普段通りの母でいてくれることが、私にとっては何よりうれしかったですね。同じ経験をされた方に聞いても、特別扱いせずに、以前と同じ接し方をしてほしいという意見が大多数です。だから、テレビで自分のことをお話しした時に、「かわいそう」とか「テレビを見て涙が出てきました」という反応をいただくと、正直戸惑います。「いえいえ、かわいそうなんて思わないでください」「その涙は流さなくていい涙ですから」と、密かに突っ込んだりして(笑)。

乳がんは決して他人ごとではないこと、ただしむやみに怖がる必要もなく、社会と関わりながら明るく前向きに生きている人が大勢いることをお伝えしたくて発信しています。辛い時もありましたが、今はそれ以上に楽しいことの方が多いんですよ。

とにかく夢を諦めない、へこたれない!
人生は泣いても笑っても一度きりですから。

私は声優さんに憧れて芸能界に入りました。芸能活動9年目にして、やっとその目標に辿り着けそうなんです。今まで「声優になりたい」と公言すると、周りからは「ムリだよ」「なれるわけない」と真っ向から否定されました。でも、私は頭ごなしに否定されても、どれだけ叱られても、頑張ってやり遂げようとするコツコツタイプ。少しずつしか上がれませんが、経験が力になると信じてここまでやってきました。だから今、目の前にあるチャンスを逃すわけにはいかないんです。環境や病気のせいにせず、諦めないで頑張れば夢が叶うことを、これからも私の言葉と行動で伝えられたらいいな、と思っています。

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